本編
毎朝、同じ時間に同じ電車に乗る。今日もいつものように座席に座り、スマホをいじっていた。
「次は...」アナウンスが流れるたび、僕は無意識に隣の席を見る。いつもそこには、同じ女性が座っていた。綺麗な顔立ちで、いつも本を読んでいる。だけど、今日は彼女がいない。
「珍しいな」
電車が次の駅に着くと、急にドアが開いて、彼女が飛び乗ってきた。いつものように本を読んでいる。
「忘れ物かな?」
(なんで僕は、彼女のことを気にしているんだろう?)
次の瞬間、彼女が振り返り、僕の方を見て微笑んだ。
「毎朝、見てくれてありがとう。私もあなたに会えるのを楽しみにしてたの」
電車が停車し、ドアが開く。彼女は立ち上がり、去っていった。
「次は、忘れずに来てね」
彼女の言葉が耳に残る。
帰宅後、その日のニュースで、あの電車が事故に遭い、多数の乗客が亡くなったことを知った。
語り手が毎朝見ていた女性が実は亡くなっていたことにある。彼女が「忘れ物」と言ったのは、語り手が彼女の存在を忘れていたことではなく、彼女自身が「死」を忘れて電車に乗り続けていたことを示している。その事実が明らかになるのは、物語の最後であり、それまでは何も怪しいところがないごく普通の日常の一コマに見える。