あらすじ
毎朝、鏡の前で笑顔の練習をする主人公。ある日、鏡に映る自分の笑顔が異常に歪み始める。
本編
私は笑顔が苦手だった。だからこそ、毎朝、鏡の前で笑顔の練習をしていた。それは日課となっていた。
ある朝、いつものように鏡の前に立つと、何かがおかしかった。私の笑顔がいつもと違う。歪んでいるように見えた。最初は自分の顔の筋肉が疲れているのだろうと思った。
しかし、日が経つにつれ、その歪みはより鮮明に、より恐ろしいものへと変わっていった。「これは夢かな?」と自問自答しながら、鏡を見つめ続けた。
(なぜだろう、鏡に映る自分は日に日に不気味な笑顔をしている。でも、それは私の笑顔じゃない…)
ある日、その恐怖は頂点に達した。鏡に映る私の顔が、突如として異様な笑顔を浮かべたのだ。「こんな顔、私はしていない!」と叫んだが、鏡の中の私は笑い続けている。しかも、その笑い声が聞こえるような錯覚に陥った。
パニックになり、鏡から目を背けた。すると、部屋の隅にもう一つの鏡があるのに気づいた。その鏡には、今の私が映っていた。普通の、怯えた表情をした私が。
(一体、どちらが本当の私なんだろう…?)
急に、背後から何かが触れる感覚があった。振り返ると、そこには私がいた。いや、私に似た何かが。鏡の中の私と同じ、不自然に歪んだ笑顔を浮かべている。
「君は…私?」私は震える声で尋ねた。しかし、彼女――いや、それは笑ったまま、何も答えなかった。
私は逃げようとしたが、足が動かない。恐怖で体が硬直してしまっていた。その時、彼女がゆっくりと手を伸ばし、私の顔をなぞった。
「なぜ、笑わないの?」彼女の声は私のものとそっくりだった。しかし、その声には冷たさと嘲りが混じっていた。
(これは私じゃない。何かが私になりすましている…)
私は恐怖を振り払い、全力で逃げ出した。家を飛び出し、外へと駆け出した。背後からは彼女の笑い声が響いていた。
外に出ると、急に周りが明るくなり、私の体から重圧が消えた。振り返ると、家の中からは何も追ってくるものはいなかった。
それ以来、私は鏡を見ることができなくなった。笑顔の練習もやめた。ただ、時々、背後で誰かの笑い声が聞こえるような気がする。それが本当にただの気のせいなのか、今でも確信は持てていない。