あらすじ
毎晩、不気味な歌を歌いながら家の前を通る自転車。その正体を探ると、恐ろしい秘密が明らかに。
本編
私がその自転車に初めて気付いたのは、夏の終わりのことだった。夜の9時、毎晩同じ時間になると、遠くから聞こえてくる歌声。それが近づいてくると、老朽化した自転車の音が聞こえてきた。歌はいつも同じメロディーで、どこか懐かしくもあり、不気味でもあった。
「なんで毎晩同じ時間なんだろう?」私は友人のハルカにその話をした。ハルカは興味津々で、「今夜、一緒に見てみようよ」と言った。
そしてその晩、私たちは私の家の前で待っていた。時計が9時を告げると、歌声が聞こえてきた。私たちは身を隠し、息を潜めていた。自転車はゆっくりと私の家の前を通り過ぎていった。運転しているのは、白いドレスを着た女性のように見えたが、顔ははっきりとは見えなかった。
(これは一体何なんだろう…)私は恐怖を感じ始めていた。
次の日、私はその自転車について調べることにした。地元の図書館で昔の新聞を漁り、ついにある事故の記事を見つけた。それは10年前の夏、白いドレスを着た女性が自転車事故で亡くなったというものだった。そしてその事故が起きた時間が、まさに夜の9時だったのだ。
その晩、私は再びその自転車を待った。9時になり、自転車が現れた。私は勇気を出して、その自転車に近づいた。「あなたは…その事故に遭った女性ですか?」と声をかけた瞬間、自転車は消えた。そして、不思議なことに、その後、その自転車の音は二度と聞こえなくなった。
その出来事から数日後、私は何となく心に穴が開いたような寂しさを感じていた。自転車の女性に何か伝えるべきだったのではないかという思いが頭をよぎる。
ハルカにその話をすると、「じゃあ、今夜もう一度、自転車が来るのを待ってみようよ」と提案された。夜9時、私たちは再び私の家の前で待ち構えた。しかし、時間が経っても自転車の音は聞こえてこなかった。
(もう会えないのかな…)そんな寂しい気持ちに包まれたとき、遠くから歌声が聞こえてきた。しかし、今回の歌声は明るく、どこか温かい感じがした。そして、見慣れた自転車がゆっくりと姿を現した。女性は私たちに微笑みを向けながら、歌を歌い続けていた。
その瞬間、私は理解した。彼女は私たちに何かを伝えに来ていたのではなく、ただ過去を振り返り、自分自身の心を癒やしていたのだ。私は彼女に手を振り、心からの感謝を込めて「さようなら」と呟いた。
自転車の女性は最後に一度こちらを見て、優しい微笑みを浮かべながら、静かに闇の中へと消えていった。その後、二度と自転車の音は聞こえなくなった。
私たちは互いに見つめ合い、ハルカが「彼女、きっと幸せになったんだよ」と言った。その言葉に私も心から同意し、二人で静かに夜空を見上げた。